とりあえず昨日のTwitterの内容収録、というか引用というか。
有意義なお話きかせてもらったし備忘用。
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季漢書 : 延熙十六年 第一次北伐 https://t.co/LFAyjm8iAT pic.twitter.com/Vmeogy2Pem
— Jominian (@Jominian) 2016年4月2日
@medamayaki1 それは実は鋭い指摘です。三国志においては、姜維が漢中に出鎮していたとは書かれていないのです。ただ、諸葛亮以来漢中は大きな組織を持っていたと考えられるので、兵站の支援は漢中か、さもなければ現地の羌胡となるでしょう。
— Jominian (@Jominian) 2016年4月2日
@medamayaki1 華陽国志も、「丞相より、大司馬、大将軍、皆漢中に鎮した」とあり、姜維はそうではなかったと暗示するものもあります。一つの鍵は、宰相が漢中に出鎮していると置かれなかった督漢中ですが、胡済が督漢中となった時期が不明なんですよね。
— Jominian (@Jominian) 2016年4月2日
@medamayaki1 涪とするのは漢中よりも難しい気がします。姜維が漢中の人事に影響を及ぼしていたのは見えますが、涪に大軍がいたことを示すような記述はないので。儻駱道より長城に出たことは、漢中にいたことを伺わせる要素ではあります。いずれにせよ、毎年成都には帰っていましたね。
— Jominian (@Jominian) 2016年4月2日
@medamayaki1 単純に、涪に居続けることに合理性が無いのですよね。姜維は、羌胡と渡りをつけるというイレギュラーな方法で北伐への端緒を開いたので、諸葛亮以来の北伐軍を接収したのがどこで、いつか、というのが重要になるかもしれません。
— Jominian (@Jominian) 2016年4月2日
@medamayaki1 汶山に出た時は、姜維は漢中から下げられていた頃なので、涪か成都のどちらかでしょうね。蒋琬の上疏は、蒋琬を漢中から引き離すための圧力に拠るものと思っているので、涪についての説明は、個人的には涪の性質を真に言い表すようなものとは思ってはいません。
— Jominian (@Jominian) 2016年4月2日
備考
姜維(その他)の居場所が気になっていたので、RTした最初のブログ記事の地図を見て、後は北伐関連年表眺めてて姜維どこにいるのかなあと思ってたので、姜維の北伐って漢中からなのかなとかつぶやいたらいろいろ教えてもらえたのでありがたいと思っていたり。
創作的に重要だし(5Wが欠落した文は小説では成り立つけれど難易度上がると思う)。
純粋な考察的には、姜維は漢中から北伐していない説は厳しめなのかな。
とはいえ、可能性として考えてみる分にはすぐに無理って根拠があるわけでもなさそう?
諸葛亮「完全にありえないことを取り除けば、残ったものは、いかにありそうにないことでも事実に間違いない」 pic.twitter.com/Rk0OnPZtou
— medamayaki (@medamayaki1) 2016年4月1日
諸葛亮さん(てかホームズ)もこういってるし……。
まあそれはいいとして。
個人的には、自分で調べたり考えたりすることが一番重要だと思ってたり。
受け売り議論は妄想より無価値。不毛だし。
漢中にいない説の可能性をもう少し自分で確かめてみない限り、どのみち自分としての結論も出しようがないし。
Jominianさんが言っていたからやっぱ無理かーみたいなのは思考停止もいいところだし。
この人のTwitterやサイトは(前のブログや2ch以来)昔からいつも参考にさせてもらっていたり。
補足
指摘があった華陽国志の漢中について。
自丞相〔亮〕、大司馬〔琬〕、大將軍〔禕〕,皆鎮漢中。
〈蜀大將軍姜維即不鎮漢中。按常氏行文規律,補三字。〉
華陽国志はななめ読みとたまに用があって調べるくらいなので、これは全然知らなかったー。
ので教えてもらえてありがたかったり。
ついでに
ただ自分の場合どっちかというとというよりは根っこの部分で創作をアウトプットとしして想定していろいろ考えたりしているので、自分が興味をもつ解釈は事実である確率の可能性の高さではなくて創作的可能性の高さの方が基準として優先されているとは思っていたり。
スタンス?
創作的可能性というのは、たとえばここでは姜維は漢中にいたというところからエピソードが特に思いつくかは個人的に微妙。
諸葛亮から費禕までいたことで漠然とそれに準じるということであれば、その事実が前景化されるかはわからない(今自分は思いつかないということでもあるけれど)。
一方で、少なくとも諸葛亮たちとは違うならそれは前景化されやすいし何故かというところ等からエピソードが発生しやすくなる。つまり創作的可能性は高くなる、みたいな。
だからたぶん漢中にいなかった説をしばらく考えてみることになりそうだけど。
ていうか少なくとも今書きたいなと思っている小説では、そのIFを展開していけたらいいな、みたいな?
あと、話もどるけど、年表、華陽国志もいれるかな。
そろそろ縦長過ぎてなんとかしないとって気分だけど。
とはいえページ分割しすぎると、今度はページ遷移が煩わしいし。
ページ内リンクつけるなり機能追加するなりで対処して、これ以上の分割はなしで。
韓遂はめんどくさくて資治通鑑仕様にしたし、資治通鑑も追加してもいいけれど、資治通鑑の場合は紀伝体じゃないんだし切り貼りする必要は全然ないんだし。
おわり。