脳内解釈をどうするか、考えたのでそのメモとか。
世説新語の雷に動じないエピソード?
世説新語の雷に動じないエピソード。
世説新語では夏侯玄のことなんだけれど、注(劉孝標)をみると、臧栄緒(「晋書」)はこれを諸葛誕のこととしたとか、さらに語釈(新釈漢文大系)によると、「北堂書鈔」にひく曹嘉之「晋紀」でもこれを諸葛誕のこととしているとか。
(世説新語・雅量)
夏侯太初嘗倚柱作書。時大雨,霹靂破所倚柱,衣服焦然,神色無變,書亦如故。賓客左右,皆跌蕩不得住。
夏侯太初嘗倚柱作書。
時大雨、霹靂破所倚柱。
衣服燋然、神色無變、書亦如故。
賓客左右、皆跌蕩不得住。夏侯太初(かこうたいしょ)嘗て柱に倚りて書を作る。
時に大いに雨ふり、霹靂、倚る所の柱を破る。
衣服燋然(せうねん)すれども、神色(しんしょく)變ずる無く、書くこと亦た故(もと)の如し。
賓客左右、皆跌蕩(てつたう)して住(とど)まるを得ず。夏侯太初(夏侯玄)が、あるとき柱にもたれかかって手紙を書いていた。
その時、大雨となり、突然、雷がもたれていた柱を裂いた。
太初の衣服も黒こげになったが、顔色ひとつ変えず、手紙ももとのまま書きつづけた。
来客や左右のものは、皆うろたえて落ちついていられなかった。(注)
……
臧栄緒又以為諸葛誕也。……
臧栄緒『晋書』には諸葛誕の話だとしている。
諸葛誕と夏侯玄のセット?
それはそうと、夏侯玄と諸葛誕の取り合わせは、三国志にもあったり。
(三国志・姜維伝)
会厚待維等,皆権還其印號節蓋。
会與維出則同輿,坐則同席,謂長史杜預曰:
「以伯約比中土名士,公休、太初不能勝也。」鍾会は姜維らを手厚くもてなし、かりの処置として、彼らの印璽・節(はた)・車蓋をみな返してやった。鍾会は姜維と外出するときには同じ車に乗り、座にあるときには同じ敷物に坐り、長史の杜預に向かって、「伯約(姜維)を中原の名士と比較すると、公休(諸葛誕)や太初(夏侯玄)でも彼以上ではあるまいな」といった。
てことで、夏侯玄と諸葛誕はそもそも似たような系列の人物として当時から認識されていたということはあったのかも。
雷に動じないエピソードがよりふさわしいのは夏侯玄か諸葛誕か?
なにはともあれ、個人的には誰のエピソードにするのがいいかどうしようか悩んでいたので、考えてみることに。
- 夏侯玄のエピソードにする(諸葛誕ではない説)
- 諸葛誕のエピソードにする(夏侯玄ではない説)
- 夏侯玄と諸葛誕、どっちもこんなことはなかった(荒唐無稽説)
- 夏侯玄と諸葛誕、どっちもこのエピソードは事実だった(どっちも正解説)
個人的脳内解釈を決めたい
どうしようかなーと悩むけれど。
個人的に、夏侯玄のイメージの原型にこのエピソードも含まれているので、夏侯玄をはずすのはありえないと思ったり。
世説新語も採用したのは夏侯玄だし。
といっても、諸葛誕は、世説新語もとらなかったし夏侯玄のミスということにするかというと、それはそれでなんか惜しい気がしたり。
てことで、個人的に一番いいと思うのは「夏侯玄と諸葛誕、どっちもこのエピソードは事実だった」がいいんじゃないかなとか。
一緒にいてもいいけれど、それはそれで合理的すぎて逆に不自然かもしれない。
夏侯玄も諸葛誕もそれぞれ、偶然同じような体験をしていてもいいんじゃないかな。
柱によりかかっているときに雷が落ちてくるけれど衣服が焦げたりしても動じない、ということが時々ある――という世界観。
解釈はこれでいいんじゃないかな。
シンクロしてるとか。
このエピソードなんとなく印象的だし魅力もあるし、一人にしか使えないのはもったいない気がするし、そういう世界設定も悪くないんじゃないかなあとか。
まとめ
脳内夏侯玄、脳内諸葛誕のイメージ形成のために、この問題はそれなりに重要だったり。
この世界観の延長で姜維を考えるなら、諸葛誕、夏侯玄以上ということだし、雷が2連続くらいで落ちてきても死なないくらいがいいかなあ。
姜維の創作にも、このエピソードは繋げられるかもしれないと思ったり。
とりあえず、考え事のメモおわり。