阮籍と鍾会、詠懐詩
阮籍の詩好き。
鍾会ともかなり関わりある人だけど。
阮籍の作品に出て来る人物は、もしかしたら鍾会かも、という感じの人も多いような。
これとかどうなんだろう。
吉川幸次郎『阮籍の「詠懐詩」について 付・阮籍伝』
(詠懐詩 其の六十二)
平晝整衣冠,思見客與賓。
賓客者誰子,倏忽若飛塵。
裳衣佩雲氣,言語究靈神。
須臾相背棄,何時見斯人。
平昼(まひる)に衣冠を整え
客と賓とを見んことを思う
賓客なる者は誰が子ぞ
倏忽(しゅくこつ)として飛塵の若し
裳衣は雲気を佩び
言語は霊神を究む
須臾にして背き棄て相(ち)れなば
何ずれの時か斯の人を見ん
むつかしそうな訪問客であるゆえに、こちらも衣冠を正してあう。しかし今をときめくこの訪問者も、実は飛ぶ塵のごときはかない存在であるであろう。たといその服装はすぐれた雰囲気を帯び、議論は微妙をきわめようとも、この人物が時の勢力から見すてられるのも遠くはない。いつおのれは再びこの人物の訪問を受け得るであろうか。→維基文庫
阮籍と鍾会、晋書
(晋書阮籍伝)
籍本有濟世志,屬魏、晉之際,天下多故,名士少有全者,籍由是不與世事,遂酣飲為常。
文帝初欲為武帝求婚於籍,籍醉六十日,不得言而止。
鐘會數以時事問之,欲因其可否而致之罪,皆以酣醉獲免。
こんな感じで面識あったり。あと、鍾会が鐘会になるのはわりとよくあることっぽい…。
「賓客者誰子」は鍾会でこれは「鐘會數以時事問之,欲因其可否而致之罪,皆以酣醉獲免」のこと?
てことで、阮籍の詠懐詩の「賓客者誰子」は鍾会で、この辺でうたっているのは晋書の「鐘會數以時事問之,欲因其可否而致之罪,皆以酣醉獲免」あたりのことなのかなあとか思ったり。
それにしてももしこれが鍾会だったら、「しかし今をときめくこの訪問者も、実は飛ぶ塵のごときはかない存在であるであろう。たといその服装はすぐれた雰囲気を帯び、議論は微妙をきわめようとも、この人物が時の勢力から見すてられるのも遠くはない。いつおのれは再びこの人物の訪問を受け得るであろうか。」というのも、阮籍、すごい慧眼だなあとか。
阮籍は鍾会より先に死んでるし、だから後付はありえないし。
あと。
阮籍が鍾会の滅亡を予測していたとすると。
鍾会の反乱は(まあ個人的には前からそんな感じに考えてるけど)蜀に入ってから成り行きでではなくてもっと以前から計画されていて、フカが助言をしたころに少なくともその萌芽はあったのではないかなあとか。
その時まだ存在しない叛心を察知するのはそもそも不可能、あるいは偶然でしかありえないだろうし。
そして鍾会が叛かざるをえないような立場になりつつあることについても、それが鍾会の方が一方的に受け身ではなかったにしても、そういう兆候が徐々に明らかになりつつあったんじゃないかなあとも。
とりあえずおわり。
(2014.06.19の記事移転)